二月九日。夜明け前。
・・また、うっかりとしてて、
今夜も明けてしまった。ゆっくりと眠ろう。。
・・今日、たまたまとある週刊誌を読んでいたら
ちょっとおもしろいコラムが気になった。
「悲」という漢字についてのコラム。
・・・
「悲」という漢字は、「心に非ず」と書く。
それは自分の「心」を否すること、
人間は本能的に、自分の眼に前にあるリアルな現実を
時に否定するのだ。
それは、いつかその現実を受け入れて、乗り越え、
そこから学びを得るために、きっと必要なことだからなのだ。
それは、その魂において成長するために、
きっと必要なことだからだ。
・・・と。
私が感じたかぎりは、
だいたい、そういった内容の 、いいコラムだった。
・・ホント・・そうかも−!?と思った。。
他人から見たら、ど−でもよくあるたいしたことではないことでも
その人にとっては、やはり、
それはその時の、その人にとっては大したことだったりして、、
なんだかも−悲しくて悲しくて・・。
人は時に、その目の前にある現実を、深く悲しんでしまう。
・・でも悲しみの闇に沈みこんでしまって、
何にも見えなくなってしまっては、だめということなんだろう。
光も、すぐ近くにあるということか。
・・恐れずに、闇の中でも、
しっかりと眼を、開けてさえいれば。
・・と思った。
今夜は満月。
「闇は光の母」・と、詩たったのは
谷川俊太郎氏だったなぁ。。
・・さて、おやすみなさ−い。
今週も、いい一週間になりますように!
今日は美味しいものと美味しいお酒をご馳走になって
たくさん食べた。
そして、たくさん寝たいところなんだけど
気になることも、今やるべきだ・・とつい思ってしまうことも
たくさんあって、自室にいると、なかなか眠れない。
そのせいか、最近、気分がまたジェットコ−スタ−のように
激しいアップダウンを繰り返すのだけど、
そんな自分ことは今までのことで慣れているので
そんな自分の気分などは眺めて無視することとして放っておく。
今、水を撮っている。
それは、空や雲や雪や波や花や街、そして人。
水は天と地を巡る。けして留まらない。
水を身体に湛えた、
私達も、また。
たまには漂いながら、沈んだりしてもいいのよねぇ・・。


